総 評

言葉を紡ぐことの意味

エッセイスト 澤口たまみ

 今年、あらゆるものを語るうえで、あの日の出来事を抜きにすることは不可能だろう。ささやかな日常をテーマとした、心温まるエッセイをよしとしてきたマ・シェリミニエッセイ大賞でさえ、その例外ではなかった。
 被災した方々はもちろん、日本じゅうの、ほんとうに多くの人々が、明日は、必ずしも今日の続きではないことを痛感させられた。今日の「ありがとう」や「愛している」は、できるだけ早く、言うべき相手に伝えておかなければならない。
 震災を受け、一時は存続が危ぶまれたというこの賞が、今年も続けられてよかった。そう、心から思う。書くことの意味は、こんな苦難のときだからこそ、いっそう重みを増している。
 みんなの前で笑っている人も、ひとりで紙に向かったときには、弱音を吐いてもいいのです。あるいはまた、無理にも自分を勇気づけたその言葉を、紙に記して皆にも伝えてください。
 震災をテーマにしながらも、力強いエッセイが多かったのは、書くことの力を表している。もちろん震災以外のテーマも数多く集まり、今年は例年以上に熱い審査会となった。



消えてしまう思いを

日本現代詩歌文学館 主任学芸員 豊泉 豪

 「どんな仕事も社会の役にたっている」「職業に貴賎なし」「世の中に不要な人は一人もいない」。小学生のころに教わったまま、そういうものだろうかと漠然と思ってきました。そして今年、それが紛れもない真実であることに、ようやく思い至りました。傍に在ることが当たり前だったものが一斉に失われ、その状況がいつまで続くのか判らなかったあの時。身を挺して立ち上がった英雄たちが確かにいましたが、誰もが不安を抱える中、自分の仕事を当たり前に黙々と遂行する周囲の人々もまた、私には英雄に思われました。整える人、作る人、運ぶ人、売る人、整理をする人…。その礎を築いてきた人を含め、直接的間接的に支え合うすべての人々。ことばを失い、無力感に苛まれる中で、私はたくさんの人に助けられ、そしてそのことに気づいたことで、救われました。
 世に讃えられる英雄のことばは誰かが残してくれますが、そうでない私たちの日々の思いは、自分で書き留めなければ瞬時に消えてしまいます。短いエッセイや詩歌は、そうした思いを盛る器として適しているようです。
 昨年に続き選考に携わらせていただきました。泣き、笑い、元気をもらいました。ありがとうございました。

 

 

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