総 評

賞も育つ

エッセイスト 澤口たまみ

 昨年までとテーマを変え、受付期間も短くしての募集でした。そのことが影響したのでしょうか、今年の最終選考に残った作品は、いずれも読み応えのあるものばかりで、審査はいつにも増して盛り上がりました。
 このレベルの高さは、あるいは東日本大震災という未曾有の出来事を経て、皆さんの思索が深まり、書くことへの関心が高まってきた結果なのかも知れない……と、個人的には感じています。
 とは言うものの、各作品にとり上げられた題材や文体はバラエティーに富み、審査員全員が一致して票を投じた作品はありませんでした。そのため、多くの票を集めた作品ひとつひとつについて、票を入れた審査員の応援の弁とともに、入れなかった審査員の辛口の意見をも出し合い、時間をかけて議論を重ねて、ようやく入賞作品が決定しました。
 これまでこの賞は、文章技術よりもエピソードの温かみを重視して作品を選んできた傾向がありました。しかし今回は、応募作のレベルアップにより、文章力も十分に検討しての選考となりました。第十六回。人なら高校生になっています。年を重ね、賞も育つということなのでしょう。



喜びと後ろめたさと

日本現代詩歌文学館 主任学芸員 豊泉 豪

 はじめはそれほど意識しなかった作品が、何度か読むうちに魅力を増してくることがあります。その多くは、ごく日常的な題材を扱った作品のようです。選考するという意識を持たずに出会ったら、軽く読み流してしまうかもしれません。しかし、そうした作品は、一読後忘れ去ってしまうのではなく、ふとしたときに新鮮な風が吹くように甦ってくるものです。ですから、候補作は何度も読み、日を置いてまた繰り返し読むようにしています。
 変に飾らず、奇を衒わず、読む人に対する心配りがそっとなされているようなエッセイ。何よりもまず判り易く書かれていること。そして、作者の言いたいことが目いっぱい詰め込まれていたり、最後にギュッと締め括られているのではなく、読者が自由に想いを展(ひろ)げるための余白が残されている文章。ある歌人の表現を借りて言えば、助走の果てにふわっと離陸する飛行機の感じ。そんな読後感を与えてくれる作品に、私は惹かれます。
 三十数篇の候補作は、どれが受賞してもおかしくないものばかりでした。長時間に及ぶ議論の末、すばらしい作品が選ばれたことを喜ぶとともに、ご紹介できない秀作がたくさんあることに、後ろめたさを感じています。

 

 

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